2007年07月15日

『精神分析学入門』『完訳グリム童話集』



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文学部は行動科学科という、哲学や心理学も含んだ解析系の学科の出身の割に、フロイト先生については概論でさらっと触れたくらいしかないという駄目学生だったのだが、今回はその入門書である本書を読んでみることにした。

「人間は時の流れのなかで、科学のために二度その素朴な自惚れに大きな侮辱を受けねばなりませんでした。最初は、宇宙の中心が地球ではなく、地球はほとんど想像することのできないほど大きな宇宙系のほんの一小部分にすぎないことを人類が知ったときです。…(中略)…二度目は、生物学の研究が人類の自称する創造における特権を無に帰し、人類は動物界から進化したものであり、その動物的本性は消しがたいことを教えたときです。…(中略)…ところが、人間の誇大癖は、三度目の、そしてもっとも手痛い侮辱を、今日の心理学研究によってあたえられることになります。自我は自分自身の家の主人などではけっしてありえないし、自分の心情生活のなかで無意識に起こっていることについても、依然としてごく乏しい情報しかあたえられていない、ということを、この心理学的研究は証明してみせようとしているのです。」(第18講 外傷への固着 無意識 より)

おぉ、かっこいい(笑)。本書は、言いまちがいに代表されるしくじり行為から露見する潜在意識、夢という精神的防壁のない空間で起きる事件を考える夢判断、そういった事柄の背景から解く象徴的表現、ヒステリーとノイローゼそれにトラウマ、性的倒錯とリビド、不安の裏にあるもの、ヒステリーおよびノイローゼの分析療法といった、フロイト自身によるウィーン大学での28の講話を集めたものだ。無意識下での心的現象に着目し、性的成長あるいは抑圧による影響が行動・精神に影に日向に現れるという観点はおもしろい。 特に夢の分析における、一見荒唐無稽な2つの事象も「『もしも』という仮定を挿入してみるとわかりやすくなります。『<もしも>、あの信心深い伯父が土曜日にシガレットを吸うようなことがあるとすれば、自分だって母に愛撫してもらってもよいはずだ』」(第12講 夢の分析例)が特に興味深かった。 学生に向けた「入門」の名のとおり、できるだけ平易な表現で、専門性よりもわかりやすさに重点を置いているので、誰でも読みやすいものだろう。難点としては、性的用語が頻繁に使われるので通勤中に読むのは微妙に恥ずかしいということだろうか(この恥ずかしいという心的感覚もフロイト先生によればきっと理由があるに違いない)。



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で、その直後にグリム童話を読んでたら、全部性的暗喩に見えてくるわけですよ(まぁグリム童話にいろいろ性的な意味があるという説は存在して、『本当は恐ろしいグリム童話』あたりはその手の代表ですな)。

たとえば本書の話の1つ「ヘンゼルとグレーテル」の後半を取り上げてみよう。ヘンゼルとグレーテルが森の中でお菓子の家に誘われて魔法使いの婆に捕まる。ヘンゼルは太らさられていずれ食われる予定(指の代わりに骨を出してまだ食べるに値しないと騙す)。グレーテルはみじめな食事で下働きさせられる。いよいよ食べられてしまうというときに、グレーテルは魔法使いを燃え盛るパン焼きかまどの中に突き飛ばして焼き殺し、ヘンゼルを助け出すことに成功する。

勝手にフロイト風に考えると、魔法使いの婆=母親はまず王道か。ヘンゼルは兄のほうがつじつまが合いやすいけど、父親としても通すことはできそう。母親と娘は父親または兄を巡って競争者になる。森は恥部を覆うもので、お菓子(甘いもの)は性的愉悦であり、指も骨も男性の象徴(第10講 夢の象徴的表現)。同様に、燃えるかまどは興奮状態にある女性の象徴。といったあたりだろうか。ストーリー化できそうだが企業系の方にはサイトごとフィルタリングされそうなので、このくらいで(笑)。

本書のほうは「蛙の王さま」「狼と七匹の子やぎ」といった有名な話もあれば、あまり知られていないような話も多く、楽しめる。