2009年08月04日
スペインDebconf旅行 7/20〜7/21
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
20日。市場が開いているのでちょっと見てきました。が、時間が早すぎるのか遅すぎるのか、ぽつぽつとしか開いておらず…。八百屋でトマトと果物、いつものパン屋でパンを購入。フランコ時代に作られた公園があるのですが、着想がいろいろ謎な植林です。松とかあるし。デデッポー。買い物してきたものを使ってテラスで朝食。服屋が開いていたので、長袖シャツを購入。
コルーニャに別れを告げ、マドリードへ。飛行機は遅れてるし、また荷物は出てこない…。30分ほどでようやく出てきて、タクシー30€でホテルへ。マドリードでDebconfに行く4人で集合するので、ホテルはアパートメントの部屋っぽいスイートのEspaホテルにしました。初日は私だけです。ホテルは少々くたびれていますが水廻りはリフォームされてるし、広々していてソファも気持ち良いです。プラド美術館の裏側の高級住宅街で、治安も(日の出ているうちは)良好。ネットが1日12€もする上に無線の入りが悪いのが難点です。今日はプラド美術館は休みなので、地理感をつかむべく、途中ATMでお金を下ろしつつ、ソル方面に散歩。昼食にパスタをカフェで食べたものの、スペイン人はアルデンテという言葉を知らない模様です。クリームじゃなかったらちょっと食えたものではないお味。ソルは一度来たことがあるのですが、現在は銅像一帯で大規模工事をしています。
ソル駅から地下鉄でアトーチャ駅。1€で乗り放題なので、大荷物とか貴重品を持ってるとかじゃなければ、市内交通は地下鉄が一番便利ですね。手ぶらだったし特に危ない目にあうこともなく到着。夕食にはバレンシア風パエーリャ。しかし、パエーリャはこの後も何度か食べるのですが、どれもいまいちおいしくないというか、米がうまくない気がしました。自分でジャポニカで作るほうがうまい。
21日。今日はiwamatsuさんとmkouheiさんが到着予定。なかなかこないなーと、ロモの残りとピクルスをつまみながら待ち。電話がきて、無事にお昼に2人到着。mkouheiさんもYoigo契約をしてきたのですが、なぜか着信のみしかできず、「受け専門」の称号を得ることに。
とりあえずメシにしましょうということで、バールでサンドイッチとオムレツ。
2人とも元気はあるよ、ということでせっかくここに来ているからにはプラド美術館に行ってきました。プラド美術館はガイドに載っている情報と違って、ノーフォト、写真撮影禁止でがっかり。ゴヤ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、ラファエロ、カラバッジョなど。どうもスペインの絵柄は濃すぎるかなぁ。ラファエロやカラバッジョのほうが私の好みのようです。ここに収録されているのはほぼ宗教画ですね。mkouheiさんはお金も携帯も水も全部預けてしまい、水を買えずに外でぐったりしていた模様。夜はソルへ。バールの並んでいるようなエリアも廻ったもののいまいち良いところが見つからず。少し道を変えて雰囲気が良さそうなバールで、マッシュルーム、チョリソーとガルバンゾ豆、サーモンパテ、焼き野菜、パン。どれもおいしかったけど、特に野菜が、野菜がうまいです! 単にオイルと塩かけてグリルされてるだけなのに、痺れます。
MAC認証で無線は1つしかつなげられないので、ホテルでは自分のマシンをゲートウェイにしてマスカレードしていました。適当に皆さん就寝。2つの部屋をつなげた構造なので、バスルームが2つあって便利でした。
スペインDebconf旅行 7/24〜7/25
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
24日。朝食はFdSにて。時間の経ちすぎたパンケーキと紅茶。うーむ、微妙です。
身支度をして会場に向かいます。Caceresはのどかなところですね。
基調講演にbdaleの「HP and Debian」。前振りのExtremaduraの偉い人がスペイン語で長々と語っていて、debconf IRCでは「なげーよ、おいだせよ」という声多数(笑)。bdaleの講演はまぁポジショントークで、HPがいかにLinuxやフリーソフトウェア、Debianと協力関係を続けてwin-winしたいか、というお話。HPとしてはコモディティなマーケットよりももっと専門的な領域で勝負したい。ユーザーエクスペリエンスを重視し、開発者としての立場ではもっとHPの成果を使ってもらって利益を得てほしい、企業としての立場ではカスタマーにお金をもっと使ってほしい。AppleやMicrosoftよりもHPはオープンソースなライセンスを尊重している。Debianについては、企業による提供ではないこと、組み込み向けにビルドできるソースが揃っていること、内部開発者にとって優れた開発プラットフォームであることが魅力。最初のmaster.debian.org以来、長年にわたってDebianにサーバーを提供し続けてきて、米国ではcrypto(暗号アルゴリズム)のmain化入りに際して法的支援を行い、Debconfでは毎年スポンサーを務めてきた。そして、最初にして現在唯一かもしれないDebianをサポートするメジャーなサーバーベンダという立場にある。HPはDebianを含めて多数のLinuxディストリビューションをサポートしており、広範囲かつ詳細なサポートを提供できる。
昼食タイム。再びタラフライと、伸びすぎたパスタ。ビールはやっぱりうまいです。
午後のシエスタタイムはhacklabでdebian-installerの翻訳を完了しました。
夕方からDebconf再開。Welcome Talkでは、orgaチームとローカルスタッフが壇上に上がり、これまでのDebconfの軌跡のビデオの上映、皆への感謝が示されました。今回は40ヶ国以上から参加。2つの講演ルームと1つのBOFルームがあり…まぁ詳細は配布した紙を見てね、と。昼食の後はシエスタタイムを取っています、とな。
このあとAndreas Tilleの「Free beer, Power and Knowledge」を聞いたのですが途中で眠くなってしまったため、FdSに戻り休息。山頂のカセドラルも見てきました。夕食はツナサンド、ちょっと薄いコーンスープ、ビール。hacklabに戻ったらeddypにつかまってHCLについてしばし意見交換。lsusbでのサポートねぇ…。数日後にFranklinがDebianのハードウェアサポート情報について話すので、それを聞いて考えることにしました。
夜はanibalとdonによる「GPG keysigning party information/discussion」。
署名/暗号に使うGPG鍵が確かに本人所有のものであることを示すGPGサインパーティは、特にリモートでやりとりすることの多いDebianでは重要なのですが、2列でぐるぐる廻って延々とサイン交換する従来の方式は時間がかかるし事務的でつまらん、偉い人は参加しないし、ということで今回からちょっとやり方を変えてみるよというお話です。
鍵リストのハッシュを事前に各自調べておいてそれとまず照合するというのは従来と変わりませんが、参加者バッジにはリスト内の番号が入っているので、あとは各自適当なとき——食事、hacklab、デイトリップといったタイミングで、相互に照合作業をして軽いおしゃべりもしましょうということになりました。従来型のキーサインパーティがマドリード戻り日と重なっていて困っていたところだったので、これは実に助かる案です。さっそくnoel、chris、eddypと交換。さて、いくつ集まるかな、と。
25日。「License Compatibility」BOFは部屋の設備が悪い(音がこもる、エアコンを点けるとうるさくて聞こえない、スクリーンがない、…)のと、講演自体にあまり中身がなかったので、聴衆は不完全燃焼。Winixという新モデルを提唱していましたが、インパクトはありませんでした。講演後、スペイン人のreneにつかまってフリーソフトウェアモデルを図式化したものの日本語訳をすることになりました。
「Counting Debian」。Debianのいろいろな統計情報を並べてみるという講演です。
SLOCCountというソース行ベースの統計でディストリビューションを形作るコードを観察し、たとえば開発言語ではC、C++、シェル、Javaという順序で使われていますが、過去との比較で見てみるとCがじわじわ減ってきていてC++が増えている、という結果が出ているようです。
統計についてはlibresoft.esのページで公開されています。
質疑ではDebian独自パッチのほうも集計するといいんじゃないかとか、ライセンスで分けてみるといいんじゃないか、といった意見が出ていました。
「Terms in Debian: Finding and integrating new members」。おもしろかったけど奇妙な講演でした。いかに人をDebianに呼び込むかについて、Gregor Hermannは聴衆を催眠状態に持っていってどのように各自がプロジェクトに興味を持ち、誰にコンタクトを取り、どのような活動をし、どのように助けを受け、どのような失敗や成功をし、どのようにメンバーとして迎え入れられたかを問うていきます。事後にはGNOME関係の人やdebian-edu関係の人がそれぞれの体験を語っていました。
「pam-auth-update」。vorlonの発表。Everybody hates PAM!(by madduck)という声もありましたが、PAM認証機構をpam-auth-updateモジュールインストーラとdebconfインターフェイスを使って設定できると便利だよね、というお話です。PAM周りは複雑で挙動が謎なところも多いので、すっきりしたデザインになるのは歓迎です。Ubuntu 8.10ではプロトタイプが入っており、Debianではsqueezeから導入予定とのこと。RedHatにも似たようなものがありますが、Debianではもっと自由に設定できるものがほしかったから作ったそうです(構想6年、うち3年はリリースマネージャで忙しかったので登場したのがようやく今ということです)。詳細についてはUbuntuのWikiを参照。
我らがDPL、Steveの「Where does Debian fit in?」。Ian Murdockに始まるDebianの黎明期と2009年の現在を比較し、Debianを取り巻く状況を語りました。
"Universal Operating System"という私たちの目標は達成に向かっているのか、データセンターvsデスクトップのような矛盾する要求に応えられているのかを自問し、チームの協力体制についても疑問を投げかけました。
そして、バイクシェードについてくだらない議論をしたり新しいアイデアに「No」と言うよりも、「Yes」と言ってみよう、と述べ、Debian内のほかの人たち、ユーザー、上流開発者、Ubuntuを含めたほかのディストリビューション、そしてあらゆる人たちと、コードを共有し仲間意識を共有しよう(share the code, share the love!)としめくくりました。
Larsとholgerによる「Trust is good, control is better」。
主にpiupartsというQAツールの説明で、pbuilderを使ってクリーンな状態からのパッケージのインストールと削除が正常に動作するか、ポリシーに適合しているかを自動で検証するものです。
HPの2台のマシンで動作しており、なかなか良好な結果が得られているそうです。squeezeでの品質向上に役立つことが期待されます。
「i18n sessions」。期間中計4回開催されたBOFで、私も属する国際化チーム(bubulleが主幹)のミーティングです。初回はwikiの翻訳について議論が行われました。wikiは変動が激しく(moving target)、翻訳追従は骨の折れる作業です。po4aを使って変動する箇所とあまり変動しない箇所を分けて翻訳できるようにならないかという案が出ていました。また、リリースノートについても現在のxmlでは編集・更新で終盤ひどいことになるので、リリースノートをwikiに移行してみようかという方向になりました(いくつか課題・問題はあるために今後継続協議)。
i18nの作業者が減りつつあるのではという懸念も出ました。Debianから何らかの形で翻訳や国際化の作業に金銭支援をする方法はあるかという議題も出ましたが、結論は出ませんでした。集合するなりリモートなりで翻訳パーティをしてみないか、というアイデアがあり、日本でも勉強会などの場をお借りして作業できるとよいかなと思っています。
DDTPの話題では、パッケージのITP時にテクニカル面での議論のほかに説明文(description)についてもレビューすべきではないかという提案が出ていました。
夕食の写真を撮り損ねました。なんだったっけ…。スペインでは犬は飼い犬をよく見かけるのですが、猫についてはほとんど見かけませんでした。宿周囲に2匹だけ。
夜はチーズ&ワインパーティ。私も梅酒を持参して好評でした。台湾から来たAndrew Leeはお茶コーナーを作っていました。henrichさんをholgerに紹介する役目も無事達成。12時頃に私は戻ったのですが、最後は4時までやってたらしいです…。25日終了。
スペインDebconf旅行 7/17〜7/19
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
スペインExtremadura州で開催されたDebconf参加がてら、xtakeiさんを訪ねてコルーニャ、観光にマドリードにも行ってきました。7/17〜7/31という2週間の旅程です。
スペインには直行がなく、経由便のみ。今回はスタアラメンバーだけれども安くて時間もなかなかお得なタイ航空を使ってみました。17日の夕方に成田を出発(ぎりぎりまでラウンジで仕事をしていたらあやうく乗り過ごしかねないことに…)。機材はだいぶくたびれぎみですが、通常3-4-3になっている中で後ろ数席のみは2-4-2になっており、この窓際シートだと、荷物がそのまま置けるくらいのスペースが窓との間に空いていて素晴しい。食事はeatable、ですかね。バンコクのスワンナプーム空港はかなりのダメ空港。無駄にだだっぴろくて免税店はどれもつまらず、おまけにトイレがやたら辺鄙で暗い場所にあります。日本人いっぱい。ところどころにお寺建築。ハラヘリになってしまったので海老のバジル炒めと紅茶を頼んだら、両方同じ値段でちょっとびっくり。3時間待ちの末、スペイン行きに搭乗。3-4-3の4の席ですが、隣がいなかったのでゆっくり寝てました。定刻より少し早く、18日朝にマドリードのBarajas空港到着。
前回来たときも同じ経験をしたのですが、Barajasの荷物出しはおそろしく怠慢・緩慢。皆いらいらしつつもピックアップしていく中、私の荷物が出てきたのは50分以上も経ってから。まぁコルーニャ行きの便までは時間があるので問題はないのですが…(むしろ1時間で乗り換えとかにしなくてよかった)。T1→T4へは上を見ても案内がないのですが、インフォメーションで聞いたところ、バスで移動するとのこと。これがけっこう時間かかります。T4は前にも使ったので馴染み深い。あいかわらず何もないところです。英語でといったら困った表情の係員と話しつつ、チェックインを済ませてフードコートで軽食。クラブサンドは外れ…。コルーニャへの飛行機はかなり狭く、寝る以外何もできないですね。出発時間は遅れたものの、1時間ほどで到着。荷物もすぐ出てきました。xtakeiさんと合流。到着が遅れたせい(往復のたびに遅れていくので、定刻どおりに飛ばせることはほとんどないらしい)でバスが行ってしまい、50分ほど待ち。市内に到着し、Hespediaホテルにチェックイン。テラスもあってなかなか良い雰囲気です。今回はyaegashiさんからAndroid G1携帯を借りていったので、スペインで使うのにお得なプリペイドとしてYoigoで20€契約。1日1.2€でデータ通信使い放題なのでGoogle系アプリを使うのにかなり便利。それから街の中心となる市役所、ビーチなどを案内してもらいました。この日は小雨。けっこう寒く、ビーチにもさすがに人がいません。ランチタイムを過ぎてしまったので、パンを買って軽くつまみ。なにげないけどこれがうまいんだなぁ。
路面電車で、コルーニャの名所の1つ、ヘラクレスの塔へ。どうみても小錦です。登れるということでがんばって登ってみました。がんばって登ってはみましたが、何もありません(笑)。コルーニャを一望。むしろ降りるときにすれ違う場所がほとんどないのでそっちで時間を食っていたともいえます。デポルティーボの旧練習場ということで、この日はアマチュアチームがサッカーをしてました。凧揚げ大会もやっています。
夕食は市役所まわりをさまよった末の1軒に。
写真はいわゆる「タコのガリシア風」ですが、さすが本家、驚愕の美味さ。ねっとりやわらかとろけてじわーっというタコと、パプリカの風味がたまりません。ほかにはグリーンサラダとグリルドチョリソー。どちらもうまい。コンビニエンスストアのOpenCorで水や明日の朝食用のサルシチョンを購入して18日は終了。
柔らかいベッドでぐっすり眠って、19日。朝食は市場近くでパンを買ってきて、昨日買ったサルシチョンと一緒にテラスでサンドイッチ。この日は日曜日なので、市場が開いておらず、トマトを買ってこれなかったのがちょっと残念でした(服もほしかったんだけど、日曜日は本当にどこも開いてない…)。しかしこのサルシチョンは本当にうまいなぁ。半分くらい残すつもりが全部食べてしまいました。xtakeiさんと合流してビーチ見物に。ビーチは細かな白い石でできていて、すごく綺麗。砂浜から少し離れた岩場でぼーっとします。ビーチバレー大会が開催されていました。昼食にピッツァ。ハモンとチーズとトマトのシンプルなものですが、ボリュームがあってうまいです。
どんどん天気はよくなってるし、このビーチに入らないのは冒涜というものなので、水着に着替えてビーチ。ラテンの国なのでトップレスの人は普通にいますが、そのうち見慣れます。夕までずっとビーチで過ごしました。が、足に日焼け止めを塗るのを忘れていたため、このあとたいへんなことが…。
OpenCorで買い物をしたあと、夕食。スペインのセルベサ(ビール)は日本人好みかつキリン・アサヒとは違うコクのある味で、どこで飲んでも実にうまいです。スペインにきたらビールを飲むべき。特にここで飲んだEstrella Galiciaは美味。イカリング、蒸し海老、シーフードコロッケ、ピーマンのグリル、ムール貝、鶏肉グリル。どれもなかなかの味ですが、特にピーマンは野菜不足ぎみだったんでうまかったです。今後の旅程でも全体に野菜はあまり出てこなかったですね。
スペインDebconf旅行 7/22〜7/23
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
コルーニャで日焼け、というよりむしろ足のほうはひどい火傷の症状で21日のプラド美術館のあたりからだいぶ苦しんでいました。立ち座りのたびに激痛、ずっと同じ姿勢(立ってたり寝てたり)だと疼痛、と要はどういう状態でも痛い。もっと早くに冷やしておけばよかったのですが、それに気付くまでに時間をかけすぎました。
22日。マドリード自体の観光もいいけど、近場にデイトリップするのもいいよね、ということで、トレドに行くことにしました。アトーチャ駅はすぐ近くだし、自分がガイドを買ったときと違って今は特急でわずか30分で行けちゃうらしいです。チケットセンターでトレドまでの片道切符を購入。時間までカフェでまったり朝食を取りました。アンチョビがごろごろ入ってるダイナミックなサンドイッチですが、食べているとだんだんと旨みを感じられるように。トレドとの鉄道は長距離列車扱いで、乗る前に手荷物検査があります。車両と座席は快適。mkouheiさんの携帯も受け専から発信もできるようになっていました(Yoigo店員のミス?)。
定刻トレド到着。駅舎からして建築様式が素晴しいです。トレドの旧市街へは歩いて15分ほど。
キリスト教、イスラーム、ユダヤ教それぞれから占領されたり影響を受けたりしてきた都市なので、建築も混ざってます。
観光地なのでおみやげ物もいろいろ。まだ旅程は先が長いので何も買えませんが…。
街の中心である教会大聖堂を見学してきました。
お昼はカフェで。私が選んだのは3品のコース。ハモンとチーズの盛り合わせは最高。ミートボールにツナソースというのはちょっと不思議味。そしてデザートにはスイカが出てきました。日本人にナイフとフォークでお上品にスイカを食えというのも無理な話で、3人で分け合って手づかみで食うわけです。
トレドでは周遊バスに乗れ、ということでチケットを買ってトレドの外周をぐるりと周るソコトレンという汽車を模したバスに乗ります。山あり谷ありでなかなかおもしろいコースですが、狭い上に後ろ向きだったので、首が疲れました。
さて帰ろうかね、と思ったのですが、本来1時間に1本の列車が16時台にはないという罠。マクドナルドでジュースを買って休息し、列車に乗ってマドリードに戻りました。
夕食はプラド近くのバール、BAR MUSEO。ベーコンとピーマン、タラのマリネとトマトとチーズ、チョリソーとトマト、エビとニンニクマヨネーズと頼んだらどれもパンに挟まってきたのは想定外でしたが、どれもおいしかったです。ここの白眉はじゃがいも。茹で加減と揚げ加減の絶妙なじゃがいもに、トマトやタバスコなどを混ぜて作ったピリっと辛いブラバスソースがかけられていて、実に美味。充実して22日を終了。
23日。朝食にホテルのカフェでハンバーガーとオレンジジュース。朝から不健康な気もしますが、佐世保バーガー以上のボリュームで肉も野菜もがっつり食べられるのは嬉しいです。パーティ最後の1人のhenrichさんも無事に到着。お昼にホテルをチェックアウトして荷物を預け、ソフィア美術館を見学。iwamatsuさんが全員分のチケットを持ったまま先に進んでしまい、残された人々が途方に暮れるという事態になりましたが、私のほうで追加でチケットを購入してiwamatsuさんを探し、なんとかmkouheiさんとhenrichさんにも見る時間を作ることができました。ソフィア美術館はプラドと違って現代美術中心。あのピカソのゲルニカもあります。こちらはガイド本と違って写真OKでした(それなら置いていかずに持ってきたのに…)。ピカソ、ダリ、マグリットと巡って大いに満足。
お昼はバールでフィレステーキサンド。肉うま。henrichさんの旅装がやや心許なかったので、OpenCorやスポーツショップで買い物もしました。
荷物を回収して、いよいよ向かうはCaceres。アトーチャ駅でも数名のDebconf参加者に会いました。列車のTALGOは内燃機関車にひっぱられるタイプのもので、快適ですが若干足が狭い。コンパートメントを予想していたのですが、単に2-2が並ぶシートでした。これならキャンセルする必要なかったなぁ…。何もない荒野を4時間近くひた走り、Caceres到着。降りてみるとまさにDebian列車で、20名くらいいたような気がします。orgaチームのAnaの手引きで各自タクシーなり徒歩なり。荷物が辛そうなのでタクシーを選んだのは正解でした。
Debconfフロントデスクで登録し、宿舎へ。今回のDebconfは会場とセットになった宿舎と、少し離れた旧市街の宿舎FdSに分かれていたのですが、私たちはこのFdSのほうにアサインされていました。これが(特に荷物を抱えて道もわからないときには)恐しく大変で、急な山道を汗だくで登ってうろうろするハメになりました。駅から歩きだったら遭難してたかもしれません。城塞都市の名残りで迷路です。FdSは少し高級めな安宿というところでしょうか。バストイレは共同ですが、4部屋あたり2つ用意されているので競合することはほぼありません。ベッドは固くて薄くて死にそうです。ネットワークにはDebconfチームによって無線が用意されていました。夕食にすべり込み、bubulleらの旧友にHelloを言いながら食事。タラのフライ、ポテト、ケーキ。フライはけっこういけました。ケーキはかなり甘くて重いです…。赤ワインが壷に入って各テーブルに置かれています。ちょっと苦くて渋いので、炭酸水とミックスして飲むもの。ビールは時間帯によってはサーバーで入れてくれます。Hacklabでjoeyhやotavio、simon、enricoらにもHelloをして23日は終了。FdSの中庭で大音量でDVD上映をしていたのは参りましたが、耳栓をしてわりとすぐに寝てしまいました。
スペインDebconf旅行 7/26〜7/27
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
26日。ひたすら晴れ。暑いというか強いです。朝食は毎度FdSにてハムチーズサンドイッチと紅茶。
朝のセッションはPhillipp Kernの「News on Debian Autobuilding」。builddの管理体制と、リクエストを送るときの連絡窓口などについて説明されました。現在のbuilddの問題であるdep-waitのもっと迅速な解決や、プライオリティごとのビルド、failedログの処理などが達成目標に挙げられています。また、バイナリアップロードについては現在のincomingキューとは別のところに置くかもしれないということです。あと、PTSのbuilddビューインターフェイスについては現在out-of-dateだそうな。
tbmの「Using FOSSology for license analysis in Debian」。そういえば彼はHPに行ったんですね。FOSSologyはHPが作ってるコードライセンス解析ソフトで、リポジトリにアーカイブファイル(deb、rpm、tarなど)をインポートして、その各ファイルのライセンスを検出する。BSDライセンスでホルダーの名前を変更しているといった場合や、GPLのバージョンでも追跡できる。操作はWebベースで、PDFにエキスポートできるといいよね、という意見が出ていました。講演後tbmに速度について聞いたところ、Debian lennyアーカイブのソースコード一式で20コア回して4〜5日はかかってしまうそうで、もっと早くするよう努力中だそうです。
Joey Hess「not your grandpa's debhelper」。グランパー!
現在dh_makeで作るようなrulesは大量のdh_*ヘルパースクリプトで構成されているわけですが、これをもっとまとめたdhコマンドを作ったよ、というお話。dh build、dh clean、dh binary-arch、dh binary-indep、dh binaryにまとめられて、さらに言えば
#!/usr/bin/make -f %: dh: $@
になってしまったり。cdbs同様にオプションや言語固有の設定、VCSとの連携なども用意されていて、なかなか良さそうです。
enricoの「DDE: Debian Data Export」。Debianの各種情報にアクセスするインターフェイス、なのかな。別の作業をしていたので詳細を追っていなかったです。
昼食はパエーリャとサーモン。パエーリャはまぁまぁだと思うのですが、やはり米がいまいちです…。
Rubyメンテナとしても名乗りを上げているLucasの「UDD: Ultimate Debian Database」。
Debian/Ubuntuのパッケージ情報やpopcon情報、debtags、LDAP、アップロード履歴、DDTP、testingミグレーション、バグ、NEWキュー、lintian、スクリーンショットURL等々といった情報を全部PostgreSQLデータベースに突っ込んでデータマイニングしてみました、というお話。merkelやaliothでも試せる。意外と皆さんPostgreSQL好きなのね。ミラーサイト情報もつっこめるとCDNにいいかもとちょっと思いました。
Andreas Tille再び、「Application of Ultimate Debian Database in Debian Pure Blends」。Debian Pure Blendsと総称するDebianサブセットディストリビューションを作る上でいかにUDDのデータベースを生かすかという話。
これまではアーキテクチャ固有のPackages.gzを拾ってきて解析して、DDTPの訳データもダウンロードして、BTSからはSOAPでだらだら取得して…とたいへんだったんだけど、UDDのおかげでサブセットを構築したりその情報を一覧表示したりするのが容易になった。
最後にi18n sessionsその2。今回はDDTPについての議論で、KDEパッケージやカーネルパッケージのように同じパラグラフだったり更新が早いわりにテンプレート化できそうな変更しかないものをもっと機械的に対処する機能の要望。要は現在のファイル単位ではなく、パラグラフ単位で管理したい。popconの統計上位のパッケージを重点対象として表示できるといいよね、という案も。各チームのDDTPコーディネータも出してもらったほうがよいかな、という話もありました(日本だと誰ができるでしょう?)。それから、現在のDDTPにはfuzzyマーカがないのでほしいという意見も出ていました。
夕食は鶏肉グリルと卵スープ。これはおいしかったです。
27日は近郊のキャンプ場までデイトリップ。バスに揺られて2時間、緑と渓谷が広がります。サンドイッチと飲み物の入ったランチボックスだけを渡されてあとは自由行動ですが、私はjoeyhとiwamatsuさんと一緒に山登り。登った先にはすごく綺麗な岩場と川があります。水着を持ってきてよかった! 水は冷たいけれどもtbmと滝に打たれてみたりと大いに楽しみました。
帰路の途中で屋外カフェ。山登りと水泳でくたくたのところでこのキンキンに冷えたセルベサは1、2を争う旨さ。しかし、併設された岩のプールでjoeyhが足の指を切ってしまい、けっこうな騒ぎになってしまいました。
結局、病院で数針を縫うというくらいでバスにも戻ってこれて皆一安心。痛む体の節々を抱えつつ、宿に戻ってから夕食を取り、倒れて27日は終了。ふー。
スペインDebconf旅行 7/28〜7/31
17-19, 20-21, 22-23, 24-25, 26-27, 28-31
28日。Joerg Jaspertの「Debian FTP Team」。帽子を被っていたganneffが帽子を取ると…青毛ブーム? ほかにもFTPチームで青毛に染めていたのがいたので、チームの結束を高める儀式なのかもしれません、よくわかりませんが。
チームやツールの歴史に始まり、トラフィックの管理やライブラリパッケージの移行、experimentalやunstableのチェック、削除作業、パッケージのレビュー、ソースやライセンスの監査、dakの管理、といろいろたいへんなんですよ、というお話。QAや保守されていないパッケージについての作業、バグのトリアージなどをしてくれると嬉しいそうです。
今後はデータベースの更新やtdeb/ddebの対応、builddの自動サイン機能などを目論んでいるとのこと。質疑ではNEWパッケージのレビューに時間がかかりすぎるのでレビューチームを別途組織したほうがよいのでは、という案が出ていました。
誰かFTPチーム加入に興味のある人は?という質問には2人が挙手。
lukの「Stable/Volatile/Backports ecosystem」。正直眠かったのであまり覚えていません。
質疑応答のほうがわりと活発。bpoとvolatileを統合しちゃうのは?でもbpoは公式じゃないしねぇ。bpoまでメンテナがサポートするのは荷が重いよね。bpoやvolatileについてBTSがサポートできていないのは問題では? といった内容。
Franklinの「Hardware Report, Database and PopCon」。
開発者(あるいはユーザーサポート)がいかにユーザーのハードウェア情報を把握するか、ユーザーがいかに自身のハードウェアを動かすための情報を収集できるか、ベンダーがいかにサポート状況を俯瞰してテストできるか、という3つの面から考えた発表。
popcon的なもので自動収集するほかにも、CDを起動してテストツールを実行してもらったり、フィードバックを求めるためのツールなどが必要。
ハードウェアデータベースの原型となる情報は、installation-reportsバグレポート、X.orgのバグレポート、IRCログ、pastebin、メーリングリストなどに散らばっている。
WikiにLennyでのPCI(自動生成)、USB、無線のサポート情報を収集している。
既存のツールとしてはRedHatのSmoltがあるがちょっと大きいのでインストーラに収録するというのはちょっと難しい。hardware4linux.infoにはシェルスクリプトベースの低機能な互換性テストツールがある。
Debianに必要となるテスト・報告ツールは、PythonやHALに依存してはならず、ハードウェア固有ではなく、ネットワークに依存せず、ハードディスクなどのストレージに依存してはいけない、のでなかなか難しい。
インストーラやDebian Liveに統合できるツールがほしい。WindowsやMacOSXでも動くものがあるといい。
質疑では私のやっているHCLを取り上げて(皆このツールは誉めてくれますね)、協業できないの?という話題。特にUSBまわりではFranklinが先行しているようなので彼の助けを借りてlsusb対応したいね、と答えてみました。
もうちょっと余裕ができたら本格的に着手したいと思っています。
Franklinと一緒に昼食(タラのムニエル。ちょっとタラ飽きた…ノーフィーッシュ!)がてら談話。USB周りはかなり泥くさい作業が必要らしいです。シエスタの後に集合写真の撮影があり、夕のセッションへ。
基調講演の「Keynote from the Release Team」は本当はAdeodatoだったのですが、Lukが代行。
Debian関係をウォッチされている方ならご存じのとおり、「時間ベースのフリーズ」と「2009年12月にフリーズするぞ」はこの場で飛び出しました。予想どおりメーリングリストなどではフレームになっているのですが、この講演のときでは質疑応答で疑問の声はいくつか上がりはしたものの、どちらかというと「できるのかねぇ、無理でないかねぇ、まぁリリースマネージャのLukがやるといってるからやるのかねぇ」という雰囲気が漂っていました。ソースバージョン3もやるとかやらないとか。
i18n sessionその3はパティオにて。前日のDDTPの続きで、コーディネータを置いて全体にかかわる統一作業およびそのnotifyを行う方法や、管理ページの提供などが議論されました。また、Rosettaのような訳のSuggestion機能もほしいという要望が出ていました。また、Ubuntuでも独自の訳が行われているようなのですが、たとえばUbuntuの翻訳→Debianの翻訳→またUbuntuの翻訳 のような変化をトレースできるか、全部Suggestion化するのがよいのではないか、といった話もありました。Rosettaの競合とされるPootleについては今のところあまり進展はないようです。
「Debconf 11 in your city」。来年にニューヨークで開催されるDebconf 10のコーディネータを務めるJimmyからまずは発表。大学の夏休み期間を利用するようです。
そして、Debconf 11の開催を目論む恐れ知らずの今回のbetは、eddypらがコーディネートする旧戦場のボスニアヘルツコビナと、ganneffやreneら超攻撃的布陣のドイツ。ボスニアも今は安全で良いところ、ごはんも各地の味がミックスされておいしい、そうです。かたやドイツは3箇所からまだ絞り切れてはいないものの、設備面では揺るぎない自信。まだ結果は出ていませんが、うーん、ganneffという最強のorgaチームメンバーを有するドイツのほうが優勢ではあります。しかしドイツはごはんおいしくなさそうだなぁ…。
日本での開催についてはiwamatsuさんとも帰りの列車で話したのですが、使えそうな大学寮というものがないこと(過去のDebconfでは夏休みに学生が寮から追い出される期間を使うことが多い)、独立法人系の施設は規約がうるさいし、観光地は修学旅行とかち合う、といったあたりが問題です。もちろんお金の問題もあります。今回は250人くらいを面倒見ている勘定になります。
夕食はフォーマルディナー。ジャケットをはおってたり、民族衣装を正装したりと飾る人もあれば、いつもどおりTシャツ短パンの人もあり。
会場はえらく遠かったのですが、ハモンとチーズの盛り合わせ、生野菜サラダ、じゃがいもサラダ、グリルされた豚肉・ソーセージ・鶏肉、ケーキと盛り沢山でどれもおいしく、満足満足。
フラメンコショーも披露されていました。
テーブルはtbmとkurtと一緒のところ。隣のUKな人は日本にときどき出張してて、日本の夏は暑くてじめじめしてて辛いよねーということを話してました。
さて、ディナーに満足はしたものの、12時過ぎても皆さん一向に帰る気配はなし。正確には11時頃にganneffらorgaチームの主要メンバーが帰っていくのを見た気がします…。どうしろとおっしゃる。tbmと現地のスペイン人らと帰ることにしましたが、FdS方面に行くのは私とそのスペイン人たちだけということでtbmは途中でお別れ。で、なぜかバールに。ジュース一杯で済ませて(おごってもらっちゃった)、次いこうよ!という2軒目を回避し、なんとか1時半頃にはFdSに帰りつきました。彼らのほうはまだまだバール巡りする気まんまんのようで戻っていきました。別行動のmkouheiさんたちも似たようなもので、帰ってきたのは3時くらいだった気がします。長い28日を終了。
29日。Debconfは30日まで続くのですが、私たち一行はこの日でマドリードに帰ります。
朝食は油ギトギトのドーナツが出てきてちょっと参ったのですが、結局食べちゃったり。
FdSをチェックアウトして荷物をhacklabまで運び、GPGサイン交換などをして時間潰し。
i18n sessionsその4の最終回は終盤ぎりぎりでお別れとなりました。
議題はWikiの翻訳で、ikiwikiのコンテンツをpo化して翻訳できるかも、という話や、コンテンツの編集にテキストエリアフォームではなくダウンロード/アップロード機能が次のバージョンから使えそうという話題がありました。
行きと違って今度は気動車でした。座席は行きよりも広くて楽だったのですが、気動車特有の振動と音がちょっときつめ。到着も30分近く遅れました。
アトーチャ駅の待ち合い所は巨大な熱帯植物園になっていました。高い天井に届かんばかりに育った植物がすごい迫力です。
地下鉄でSol駅に移動し、Modernoにチェックイン。冷蔵庫がないのが残念ですが、清潔で静かです。無線LANもここは無料(フロントでIDもらう必要あり)。近くのEl Ingresでおみやげを調達し、Museo del Jamonで夕食。下は混んでいたし、最後にちゃんといいものを食べよう(フォーマルでだいぶ食べた気もしますが)ということで、上のリストランテのほうへ。シャンデリアが飾ってあってだいぶ高級感があります。セルベサ、エビのオイル煮、肉詰めマッシュルーム、サルシチョン、ハモンサラダ。どれも美味、美味。
明けて30日。この日の午前はなかなか忙しかったです。起床してmkouheiさんと散歩へ。聖堂と王宮を見物して、朝食探し。おいしそうなたくさんの焼き立てパンを抱えた人がカフェに入っていくのを追いかけてそのカフェに入り、クロワッサンと紅茶、オレンジジュース。直感のとおり、大きくほんのり甘くてさっくりふわふわの良いクロワッサンでした。ホテルに戻ってから10時のEl Ingres開店を狙って残りの買い物を大急ぎで。10時40分に戻ってパッキングしてチェックアウト、10時50分頃にはタクシーに乗って空港へ。朝のマドリード、特にSol近辺は混雑や工事の影響でなかなか進めません。それでも裏道などを駆使して30分ほどで空港に到着しました。
さてタイ航空のカウンター…に向けてまったく動きのない行列ができています。出発2時間前でまったく動きなし(エコノミー用には1つしか開いていない)。結局1時間前くらいにカウンター増やして泥縄対応していましたが、ようやくチェックインしたときには出発まで残り50分。これは買い物してる時間とかないですね…。バンコク-成田の席が勝手に変えられていたので「なんで?」とクレームつけたのですが、これは後に理由判明。 出国してゲートに向かう頃には出発時間ですがまだゲートが開いていません。20分ほど経過してようやく搭乗開始。後ろの席だったので早いうちに乗りました。 乗ってからも離陸まで30分くらいかかってた気がします。バンコクで乗り継ぎ1時間しかないのに大丈夫だろうかと思いつつ、ここまできたらあとはこっちの責任じゃないのでなんとかなるだろうと寝たりDSしたり。夕食のタイカレーは久々のごはんでおいしかったです。
31日。朝食にオムレツが出ましたがひどい揺れでとても胃が受けつけません…。フルーツとジュースで凌いでいました。飛行機は時間を取り戻していて、バンコクの乗り継ぎも余裕。行きと違って乗り継ぎも短く、ゲート前で座ってぼーっとしているうちにiwamatsuさんたちもやってきました。さすがに成田行きなだけあって、あちこちから日本語が聞こえてきます。 さて、席が勝手に変えられていたわけですが、機材が変わっていました。ガラガラだったので別の小さいのにしたのか、たまたまモデルチェンジの時期だったのか。2-4-2の窓際だったのですが隣に座られて苦しかった(前後も狭いのでかなり辛い)ので、離陸後に4席のほうに移動して、2席分を占拠してぐっすり寝ていました。
定刻に到着した成田は曇り。もっと蒸し暑いかと思っていたけどちょっと予想外でした。帰路はさすがに疲労でぐったり。帰宅して念願の豆腐と野菜炒めを食べて日本に帰ってきたことを実感した次第です。ただいまー。
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